プロジェクト発信型英語プログラム

評価論プラグマティズムの構築

本取り組みは、D. Davidsonが言語哲学における論文”A Nice Derangement of Epitaphs”(以後NDEと表記)にて提起した言語とコミュニケーションにおける根本問題を大学英語教育の文脈で検討し、理論的検討を経て既存の英語教育評価論の限界を示すことを試みる。そして新たな認識論に基づいた評価パラダイムとして「評価論プラグマティズム」を提唱・構築し、オンラインによるWeb実装を行う。具体的には、MOOCのピア・エバルエーション・モデルを改良・発展させたオンライン他己評価システムを構築し、複数大学の英語授業間で実施しその評価を行う。

取り組みのコンセプト

英語教育評価論は、コンピュータ導入による項目応答理論等の発達等も寄与することで、これまで目覚ましい発展を遂げてきた。妥当性、信頼性を担保し、個々人が持つ安定した英語能力の特質を抽出する目標に対しては限りなく達成に近づきつつある。しかしながら、これらの評価論パラダイムには、いわゆる「英語力」の存在が大前提にされており、そしてそれを評価・測定できるという想定に基づいている。本当に英語力は存在し、そしてそれらを評価できるのか、評価論におけるこれら根本問題の検討はこれまで十分になされてきたとはいい難い。

本取り組みはNDEをコミュニケーションを重視する大学英語教育の文脈で読み直し、英語力の(客観的)存在、そして評価可能性について否定的スタンスを取り、既存の評価パラダイムの限界を理論的に提示する。では汎用化に耐え得る評価を否定したとして、それでもなお説得性のある評価とは何を意味するのか、立脚点はプラグマティズムである。目的に応じたその都度の評価を直接的に評価する方法論を提示し、それをオンライン上に実装したプロトタイプ・モデルを構築したい。具体的にはオンライン空間に個々の研究プロジェクトのポートフォリオ、ピア・エバルエーションをアーカイブできるWebサイトを構築する。オンライン上で常に個々の成果が見られるようにし、質疑応答できる場を創出することで、テストスコア等の間接的な指標によらない、その都度の成果に対して直接的な評価(ダイレクト・アセスメント)ができるようにする。また一部謝金等を払うことで、当該分野の専門家にコメントを依頼し、より直接的な研究プロジェクトの訴求とそれに対する迅速で有意義な評価活動ができるよう「場」の整備を行う。

すでにこれらの試行は実施しており、教養ゼミナール科目「言語コミュニケーション論」にて、試行Webサイトを構築した(https://serene-reaches-8600.herokuapp.com/users、パスワード制限有)。しかし初年度ということもあり改良点が多く、今後はより多くの専門家に相談し助言を取り入れながら、機能的なサイト構築を実現させたい。

取り組みの方針と方法

コミュニケーションを重視した大学英語教育の成功モデルの一つとして、鈴木佑治が開発・考案した「プロジェクト発信型英語プログラム(PEP)」があり、これは既に慶應義塾大学SFC、立命館大学生命科学部、薬学部、スポーツ健康科学部、総合心理学部にて高い成果をあげている。しかしその鈴木(2003)が指摘する通り、英語の言語的能力も含めた広義のコミュニケーション能力を適切に評価できるためのモデル開発は急務である。しかしながら、試案を提示することはできても、客観的に妥当性の高い包括モデルは未だ誰もが開発できておらず、結果的に現行の実践知の中から編み出した項目、尺度を組み合わせて評価を実施しているのが現状である。無論一部に客観性は担保されているものの、主観による評価がコミュニケーションの判断に大きく影響することには違いない。

言い間違い(malapropism)を含むにも関わらずコミュニケーションが成立することにおけるDavidsonの指摘は、もはや言語の字義的意味の正確な理解の如何を議論する、いわゆる外国語教育の範疇を超えている。Quineと共有するradical interpretationの存在も加味すると、Davidsonの問題意識も、広く言語をその一部に含むコミュニケーション論の観点から議論されるべきである。Davidsonが指摘する「この世でのうまい振る舞い方」とは一体何なのか。また現行の評価モデルは、この「振る舞い方」を評価しているが故に、一定の妥当性を保持するのではないのか。この点を本研究は正面から議論し、プラグマティズムを重ね合わすことで一定の解決を示したい。こうした評価論の根本の研究はほぼ皆無である。

現行の英語教育の評価モデルは百花繚乱状態であり、それが測定する能力も多岐に亘っている。しかし不思議なことに、各評価間には一定の相関が見られ、いくつかの根本的な問題を孕んでいるにも関わらず、概ね学生達に受け入れられている傾向がある。汎用化に耐え得る評価不可能性を否定する代替案として、「プラグマティック評価論」の実装を試みる。具体的には、目的に応じたその都度の評価を直接的に評価する方法論を具体的に提示し、それをWeb上に展開したプロトタイプ・モデルを構築する。また既存の評価実装モデルであるMOOCsのピア・エバルエーション・システムを考察し、その問題点と大学英語教育におけるフィージビリティーを検討する。その後テーラーメードの改良型オンライン他己評価の考案と構築を、立命館大学生命科学部・薬学部、千葉商科大学政策情報学部・サービス創造学部間で行い、試行モデルの評価と学習効果の測定を行う。

参考文献

  • DAVIDSON, Donald. (1996) “A Nice Derangment of Epitaphs.” In The Philosophy of Language, third edition, edited by A. P. Martinich, 465-475. New York: Oxford University Press.
  • 鈴木佑治 (2003)『英語教育のグランド・デザイン: 慶應義塾大学SFCの実践』慶應義塾大学出版会

PEP-R策定に向けて

現在、「プロジェクト発信型英語プログラム(PEP)」内、「PEP-R開発ワーキング・グループ」では、主軸となる研究・教育活動の一環として「PEP-R」(Project-based English Program References)策定に取り掛かっている。これは、「プロジェクト発信型英語プログラム(PEP)」によって培われる能力を幅広く蒐集した、Can-doリストに基づく新たな「発信型」英語能力評価モデルである。

PEP-RはCEFR (Common European Framework of Reference for Languages) に着想を得た。CEFRとはCommon European Framework of Reference for Languages のことで、欧州評議会 (Council of Europe) によって 2001年正式に公開された枠組みである。ヨーロッパにおける外国語教育の向上のため、第二言語の使用、教育方針や学習者の達成度等、様々な点に共通のフレームを与える目的で開発された。現在では「通用性」という観点から、欧州の入国管理や労働条件の指標としても活用されており、言語教育の枠組みを超えた、社会的インパクトを持ったスタンダードである。CEFRは「ヨーロッパ言語共通参照枠」と訳される。

CEFRは独自の共通参照レベルを持ち、社会的目標として次に示すキーワードを掲げている。それはcomprehensive (包括的である) 、transparent (明確である) 、coherent (一貫している) の3点であり、260ページ程の英語の説明文書がある。CEFRには6つのレベルが設定されており、下記に示す3段階をそれぞれHigherとLowerの2層にさらに区分している (CEFR p.23)。

eval_pragmatism_fig01

またCEFRのGlobal Scaleでは、初級から上級までのレベルが1つの表にまとめられ、各々のレベルに代表的なCan-doのdescriptorが提示されている。以下C1とB2の例を示す。

eval_pragmatism_fig02

「PEP-R開発ワーキング・グループ」では、目下PEP-Rについての研究、開発、実装を進めており、2014年度からの4カ年計画で下記のスケジュールに基づきプロジェクトを遂行している。

【作業スケジュール】

  • 2014年度
    • 「英語プログラム部会 PEP-R開発ワーキング・グループ」の立ち上げ
    • 「PEP-R Can-do Statement」開発の基礎調査: Project 1を例に
  • 2015年度
    • PEP-Rの理論パラダイムの策定
    • PEP-R Can-do Statementの開発
    • PEP-R 階層 (Tier)の策定
  • 2016年度
    • PEP-Rのプロトタイプの策定
    • PEP-Rの試行運用 (ソフト面)
    • PEP-Rの試行運用 (ハード・システム面)
  • 2017年度
    • PEP-Rの実装
    • PEP-Rの評価

現時点で以下に掲げる3点の理論的方針が確定しており、これに基づいた研究、開発作業を継続中である。

英語運用能力をその一部とした「発信力 (Hasshin-ryoku) 」の評価

TOEFL, IELTS等をはじめとして、昨今、汎用的とされる英語能力評価モデルの多くは、いわゆる静的な「言語知識 (linguistic competence) 」を測定するだけではなく、コミュニケーションにおける「言語運用能力 (linguistic performance) 」を柔軟に評価できるものへと推移しつつある。しかしながら、これらのモデルは依然としてコミュニケーションが言語によって支配的になされるものだとする「言語至上主義 (language supremacy)」に基づいており、多メディア (multi-media) /多感覚的 (multi-sensory) になされるコミュニケーションの実態との乖離は明白である。これにより学習者にとって(既存の)英語の評価は実感を伴わないばかりか、言語能力の裁定を一方的に突きつけられる「忌避すべき」ものとなり、評価が本来持つフィードバック機能の肯定的/情報的側面が十分に活かされていない。そこでPEP-Rは、言語運用能力をその一部としつつも、コミュニケーションにおける「発信 (hasshin)」の側面に重点を置き、現在の学習者のコミュニケーション能力の「肯定的側面」を積極的に炙り出した評価情報の提供を行う。これにより学習者自身が、「発見的 (heuristic/emergent) 」に自身の能力に「気づく」ことで依拠できる言語的基盤を獲得し、その鍛錬に効率的に取り組む示唆を与えるものとする。

徹底した肯定評価主義による「評価の肯定化」

CEFRで用いられているdescriptorに倣い、PEP-RはCan-do Statementsに基づく肯定評価を行うと共に、それに徹する。その理由は、数値ではなく、記述に基づくCan-do Statementsを積み上げた肯定評価を行うことで、学習者の「自己肯定感 (self-esteem)」を醸成し、「自己効力感 (self-efficacy)」を高めることができると考えるからである。Can-do Statementsによって立ち位置を得た学習者は「自律性 (autonomy)」を獲得することが期待され、これは学習の好循環を促す。Can-doの文言の選定には細心の注意を払い、学習者にとっての有用性/利便性を第一義的に配慮する。

既存評価モデルとの整合性の検討

TOEFL等は、限定された範疇で、妥当性 (validity) や信頼性 (reliability) が確保されている評価モデルであるため、策定するPEP-Rはそれらとの相関があることが望ましい。しかし同時に、PEP-Rはそれらでは掬いきれていない能力をも取り込み、評価できていることが好ましい。この点に関して多角的な見地から研究を行い、既存評価モデルとの整合性を明らかにすることで、PEP-Rが顕在的に持つ情報量を増やすよう取り組む。

参考文献

  • Dunlea, J. (2009)「英検と CEFR の関連性について Part 1」「STEP 英語情報 11・12 月号」
  • Dunlea, J. (2010)「英検と CEFR の関連性について Part 2」「STEP 英語情報 1・2 月号」
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